子どもが就職で家を出て寂しい…「空の巣症候群」だった私を救ったもの【元ワーママの体験談】

物干し竿にかかった少しだけの洗濯物。子どもが独立したあとの空の巣症候群のイメージ

子どもが家を出たあと、家の中がしんとして、胸にぽっかり穴があいたような感覚が続く。「空の巣症候群」という言葉を知ったのは、私自身がその状態を通り抜けたあと、ずいぶん経ってからのことでした。

あんなに「早く手が離れてほしい」と思っていたのに、いざ離れてみると、こんなに寂しいものなのか——。当時の私は、その気持ちをうまく人に説明できませんでした。

この記事では、子どもが就職で家を出たあとに私が感じた喪失感と、それとどう付き合ったのかを、正直にお話しします。きれいに乗り越えた話ではありません。今まさに子育てのまっただ中で「早く終わってほしい」と思っている方にも、いつか役に立つ日が来るかもしれません。

目次

空の巣症候群とは?私も、あとから当てはまっていたと気づきました

空の巣症候群とは、子どもが独立して家を出たあとに、親——特に母親が、強い喪失感や虚無感を抱える状態のことをいいます。ヒナが巣立ったあとの、空っぽになった巣。そのままの意味です。

医学的な病名ではありませんが、気分の落ち込み、無気力、食欲が出ない、疲れが取れない、といった症状が出ることもあり、適応障害のひとつとして捉えられることもあるそうです。

私がこの言葉を知ったのは、実はずっとあとになってからでした。当時は「なんだか元気が出ないな」「調子が悪いな」くらいにしか思っていなかったんです。

だから、言葉を知ったときは少しほっとしました。「これは私が弱かったからじゃなくて、よくあることなんだ」と分かったからです。

特に、子育てに全力を注いできた人ほどなりやすいと言われています。私はフルタイムで働きながらの子育てでしたが、それでも「母親であること」が生活のほとんどを占めていました。だから、その役割が急になくなったとき、自分に何が残っているのか、うまく分からなくなったのだと思います。

就職で東京へ——駅で、笑顔で見送った日

子どもの就職先が、東京に決まりました。

決まったときは、素直に嬉しかったです。「よかったね」と言いました。心からそう思っていました。

そして、家を出る日。

夫と二人で、車で駅まで送っていきました。荷物を降ろして、改札の前で、「体に気をつけてね」と声をかけて。

私は、笑顔で見送りました。

寂しい気持ちは、ちゃんとありました。でも、それを見せるわけにはいかない、と思っていたんです。新しい生活に向かおうとしている子どもに、後ろ髪を引かせるようなことをしたくなかった。だから、精一杯の笑顔で手を振りました。

その笑顔が、自分でもうまく作れていたのかどうかは、今でも分かりません。

帰りの車の中では、夫とほとんど話さなかったように思います。泣きはしませんでした。ただ、家に帰って玄関を開けたとき、家の中の空気が少し変わってしまったことだけは、はっきり分かりました。

寂しさは、洗濯物からやってきました

その日は、まだ大丈夫でした。

寂しさが本格的に押し寄せてきたのは、日常が戻ってきてからです。しかも、思ってもみないところから来ました。

洗濯物です。

洗濯機を回して、干そうとしたとき。「あれ、少ない」と思いました。当たり前のことなんです。人が一人減ったのだから、洗濯物は減る。頭では分かっています。

でも、物干しにかけていく手が、途中で止まりました。

家族の枚数だけあったはずのものが、明らかに減っている。その減った分が、そのままいなくなった人の分なのだと、目に見える形で突きつけられる感じがしました。

つらかったのは、それが一度きりではなかったことです。

洗濯物は毎日出ます。干すたびに思う。取り込むたびに思う。たたむたびに思う。一日に何度も、「ああ、いないんだ」と確認させられるようなものでした。

長いあいだ、洗濯物の多さにうんざりしていたはずなのに。減ってほしいと何度も思っていたはずなのに。いざ減ってみると、こんな気持ちになるとは思っていませんでした。

大きな出来事ではありません。誰かに話しても、たぶん「そんなことで?」と言われるようなことです。だから、あまり口にはしませんでした。

でも、空の巣症候群というのは、案外そういう小さなところから来るのだと思います。

私の場合、救ってくれたのは「仕事」でした

では、どうやってそこから抜け出したのか。

正直に書きます。私は、仕事に集中することで、寂しい気持ちを忘れるようにしました。

立派な乗り越え方ではないかもしれません。向き合ったわけでも、解決したわけでもない。ただ、考える時間をなくしただけです。

でも、当時の私にはそれが一番効きました。

仕事をしている時間は、母親ではなく、一人の働き手としての自分でいられます。目の前にやることがあって、頼りにしてくれる人がいて、終われば達成感がある。「母親としての役目が終わってしまった」という感覚を、いちばん薄めてくれたのが、仕事の時間でした。

今になって思うのは、これはかなり運がよかった、ということです。

私はたまたま、フルタイムで働いていました。だから、子どもが家を出たあとも、行く場所と、果たす役割が残っていた。もし専業で子育てだけをしていたら、あの喪失感はもっと深く、もっと長く続いていたかもしれません。

空の巣症候群は、子育てに全力を注いだ人ほどなりやすいと言われます。それは裏を返せば、「子育て以外の場所」を持っていた人は、少し軽く済むということでもあるのだと思います。

ただ、「忘れる」と「向き合う」は違います

とはいえ、私のやり方をそのまますすめる気にはなれません。

忙しくして忘れるというのは、要するに先延ばしです。私の場合はたまたま、忘れているうちに時間が薬になってくれましたが、そうならない人もいると思います。

実際、忙しさで紛らわせているうちに、眠れなくなったり、食欲が落ちたり、朝起き上がれなくなったりする方もいるそうです。そこまで来ると、それは「寂しい」ではなく、体からのサインです。

そういうときは、誰かに話したほうがいいと思います。

「子どもが独立して寂しい」なんて、贅沢な悩みに聞こえる気がして、口に出しにくいんですよね。私もそうでした。誰にも言いませんでした。でも今思えば、あのとき誰かに一度でも話していたら、もう少し楽だったのかもしれません。

身近に話せる相手がいないときは、専門の人に聞いてもらうという選択肢もあります。今は自宅からオンラインで、公認心理師に相談できるサービスもあるそうです。

正直に言うと、私自身は利用したことがありません。当時はそういうものがあることも知りませんでしたし、知っていても「私が相談するようなことじゃない」と思ったでしょう。

でも、だからこそ書いておきたいんです。「病気というほどではないけれど、しんどい」——その段階でこそ、話を聞いてもらう意味があるのだと、今は思います。

▶ 公認心理師に相談できるオンラインカウンセリング【Kimochi】を見てみる

今、子育てのまっただ中にいる方へ

もし今、この記事を子育てのまっただ中で読んでくださっている方がいたら、ひとつだけ伝えたいことがあります。

「早く終わってほしい」と思うことは、悪いことではありません。

私も毎日そう思っていました。寝かしつけに一時間かかる夜、朝の支度が進まない朝、山のような洗濯物。何度「早く大きくなって」と思ったか分かりません。その気持ちに、罪悪感を持たなくていいと思います。

ただ、その日々は本当に終わります。しかも、思っているよりずっと呆気なく。

だからといって、今しんどい人に「一日一日を大事にしてね」なんて言うつもりはありません。しんどいときは、頼れるものに全部頼ってください。それでいいと思います。

ひとつだけ言うなら——「母親ではない自分」の場所を、細くていいので手放さずにいてほしい、ということでしょうか。

仕事でも、趣味でも、友人との関係でも構いません。子育てが終わったあと、そこに何も残っていないと、行き場所がなくなってしまいます。

私を助けてくれたのは、たまたま持っていた仕事でした。何でもよかったんだと思います。ただ、母親としてではない自分が、どこかに存在していたこと。それが結果的に、私を支えてくれました。

週に一度の何かでいい。あとになって、それが自分を助けてくれます。

まとめ

子どもが就職で家を出たあとの喪失感——空の巣症候群について、私自身の体験をお話ししました。

駅では笑顔で見送れたのに、寂しさは洗濯物からやってきたこと。干すたび、たたむたびに「いないんだ」と確認させられたこと。そして私の場合は、仕事に集中することで、なんとかやり過ごしたこと。

きれいな乗り越え方ではありませんでした。それでも、時間とともに、あの頃ほどの喪失感はなくなりました。子どもとの距離も、今は心地よいところに落ち着いています。

同じ時期にいる方の心が、少しでも軽くなりますように。そして今、子育てで手一杯の方には——その日々は必ず終わることと、自分の場所を少しだけ残しておいてほしいことを、先を歩いた者としてお伝えしておきます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

目次