杉本彩と旦那・西野禎秀さんの馴れ初め|13年越しの京都別居婚を5年目主婦が読み解く

杉本彩と旦那・西野禎秀さんの馴れ初め

「エロスの伝道師」と呼ばれた女優・杉本彩さん。1992年に音楽プロデューサーの沼田年則さんと結婚し11年で離婚、2011年に「オフィス彩」副社長を務める西野禎秀さんと再婚しました。

私は結婚5年目の主婦として、芸能人ご夫妻の馴れ初めや夫婦の形を追いかけるのが好きなのですが、杉本さんと西野さんの話は特に印象に残っています。

理由は、「華やかな芸能人なのに、出会ってから結ばれるまで13年もかかり、結婚後は京都・東京の別居婚」という、私たち凡人夫婦が想像する「結婚」とはまったく違う形だったから。

この記事では、西野禎秀さんとの13年越しの馴れ初めと、京都・東京の別居婚という選択を、結婚5年目主婦の目線で読み解いてみます。

目次

出会いは撮影現場、ファンだった西野禎秀さんが3年間アプローチ

杉本彩さんと西野禎秀さんの出会いは、1998年頃の撮影現場で、当時の西野さんは映像制作会社のアシスタントプロデューサーでした。

もともと杉本さんの大ファンだった西野さんは、現場で初めて会った杉本さんに心を奪われ、そこから3年間アプローチを続けたと伝えられています。

杉本さんは当初「めちゃめちゃしつこかった」と笑いながら振り返ったそうです。

当時の杉本さんは、まだ最初の夫である沼田年則さんと結婚生活中でした。離婚成立は2003年7月24日。1998年から約5年間は、あくまで「親しいビジネスパートナー」という関係だったとされています。

離婚後、二人は徐々に距離を縮めていき、約8年間の交際・同棲を経て、2011年4月17日に入籍しました。出会いから結ばれるまで、実に13年です。

【5年目主婦の独り言】13年って、ちょっと気が遠くなる時間

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1998年に出会って結ばれたのが2011年。13年って、私の結婚生活5年の倍以上です。正直、ちょっと気が遠くなる時間でした。

しかも西野さんは、最初の3年間はファンとして口説き、その後は杉本さんが結婚中だから「ビジネスパートナー」のポジションを守りながら支え続けたわけですよね。「3年口説いて、5年待って、8年寄り添う」って、もう執念じゃなくて誠意のレベルです。

我が家は2年で結婚を決めましたが、それは「タイミングが合ったから」だと思います。タイミングが合わない時期に何年も寄り添える関係って、それだけで一つの強さなのかもしれません。

西野禎秀さんはどんな人?映像制作からオフィス彩社長へ

西野禎秀さんは、もともと映像制作会社のアシスタントプロデューサーとして働いていた一般男性。杉本彩さんと出会った1998年頃から、二人は徐々にビジネスパートナーとしての関係を築いていきました。

2011年の再婚時には、杉本さんの個人事務所「オフィス彩」の副社長に就任。その後は社長として事務所経営を担う立場になっています。

所属タレントは杉本さん本人だけ。いわば「妻のマネジメントを夫が一手に引き受ける」二人三脚の体制です。

2011年8月31日の結婚会見で、杉本さんは西野さんを「持っていてくれて守ってくれる番犬のような人」と表現したと報じられています。

「13年間言い続けてアプローチしてくれた」という言葉とあわせて、長年の信頼が結婚に変わった瞬間がうかがえる一言でした。

出来事
1968年7月19日杉本彩さん、京都市東山区祇園で生まれる
1992年音楽プロデューサーの沼田年則さんと結婚
1998年頃撮影現場で西野禎秀さんと出会う/西野さんがアプローチ開始
2003年7月24日沼田さんと離婚成立
2011年4月17日西野禎秀さんと入籍/京都市内へ移住し別居婚スタート

【5年目主婦の独り言】「番犬のような人」って、最高の褒め言葉

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結婚会見で出た「番犬のような人」という表現、最初に読んだときちょっとドキッとしました。

普通なら「優しい人」「思いやりがある人」と言いそうな場面で、杉本さんは「家を守って、私を守ってくれる存在」という意味を込めた言葉を選んだわけです。番犬って、忠実で、ずっとそばにいて、家を守る存在。13年間ずっと支えた西野さんを、もうそうとしか表現できなかったんだろうなと感じました。

派手なロマンチックワードよりも、こういう生活感のある言葉の方が、夫婦の本当の温度感を伝えるのかもしれません。

京都・東京の別居婚と、子供を持たない選択

2011年の再婚を機に、杉本彩さんは20年ぶりに生活の拠点を京都市内に戻しました。一方の西野禎秀さんは、オフィス彩の経営があるため東京暮らし。京都と東京の別居婚です。

不動産メディアのインタビューで、京都の自宅について次のように話しています。

現在の自宅には2011年ごろから住み始めました。間取りは3LDK+ウォークインクローゼット。130平米くらいの広さですね

出典:Lnote(東急リバブル)

京都市内を一望できる最上階のマンションで、保護した猫たち6匹と暮らしているそうです。

動物愛護活動家として全国を飛び回る杉本さんにとって、京都は心を整える場所、東京はオフィス彩の経営現場という棲み分けが自然と完成しています。

そして二人の間に子供はいません。夫婦で「持たない」と選択した形だと、過去のインタビューで語っています。

同じく実業家の夫と歩んだ吉瀬美智子さんご夫妻の11年とはまた違う道筋で、お二人なりの夫婦の形を作ってこられたのだと感じます。

5年目主婦が考える、この馴れ初めから学べる3つのこと

ここからは、結婚5年目の私が、杉本彩さんと西野禎秀さんの13年越しの馴れ初めと別居婚を振り返って「我が家にも活かせるな」と思ったことを3つ書いてみます。

当事者ではないので憶測の部分はありますが、同じように家庭を築いている一人の主婦として、考えずにはいられませんでした。

学び①: タイミングが合わない時期の過ごし方が、後の関係を決める

1998年に出会ってもすぐ結ばれなかった二人。最初の5年間、杉本さんは前の結婚生活が続き、西野さんはファンからビジネスパートナーへ立ち位置を変えていきました。

ここから学べるのは、タイミングが合わない時期に「待つ」ではなく「役割を変えて寄り添う」を選ぶ強さです。

恋人になれない時期、ただ待つだけだと関係は風化します。立ち位置を変えながら近くにい続けたことが、13年後の結婚につながったのだと思います。

学び②: 一緒に住むこと=夫婦円満、ではない

京都と東京で離れて暮らす二人。普通の感覚だと「それ、うまくいってるの?」と心配したくなる距離ですが、杉本さんご夫妻はこれがほどよい距離感と語っています。

夫婦って、毎日同じ屋根の下で顔を合わせていれば仲良くなれる、というものでもないですよね。

お互いに譲れない仕事や生き方があるなら、それぞれの居場所を持って必要なときに合流する方が自然な形になることもある。「一緒にいたい」と「一緒にいないと不安」は別物だなと改めて感じました。

学び③: 子供を持たない選択も、夫婦が一緒に決めれば「正解」

杉本さんと西野さんは、子供を持たない選択をしました。「子供を持たない」を二人で決めて、その分の時間とエネルギーを別の場所に注いでいる夫婦です。

子供がいる夫婦が当たり前のように見える社会の中で「持たない」を選ぶには、二人の合意がしっかりないと難しい。どちらか一方が我慢する形だと、5年後10年後にしこりになります。

「持つ」も「持たない」も、二人で話して二人で決めれば正解。そういう選択の自由を見せてくれる夫婦だと思いました。

まとめ

杉本彩さんと西野禎秀さんの物語は、1998年の出会いから13年かけて結ばれ、その後は京都・東京の別居婚という、私たち凡人夫婦から見ると「えっ、そんな形があるの?」と驚く連続でした。

3年口説き続けた西野さんの誠意、5年待ち続けた距離感、8年同棲で確かめ合った時間、そして今もお互いの居場所を尊重し合う姿勢。

夫婦の形に決まった正解はないということを、二人はずっと体現してくれている気がします。

結婚5年目の凡人主婦の私には想像もつかない歩み方ですが、お二人の物語からは「夫婦の形に決まりはないんだ」と大切なことを教えていただきました。我が家もまた、自分たちなりのペースを少しずつ確かめていきたいなと思います。

動物愛護活動に情熱を注ぐ杉本さんと、それを支える西野さん。これからも、お二人らしいご活躍と歩みを心から応援しています。

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このご夫婦のお話と合わせて、ほかの芸能人の馴れ初めや結婚エピソードもまとめています。同じ5年目主婦目線で書いているので、よろしければどうぞ。

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